『Live Happy』『スライト・エッジ』習慣を身に着けよう!

ポジティブ心理学の科学から出るパワフルな情報を、待ち望んでいる人々に届けるページです。

第11章 スライト・エッジをマスターしよう P259

イメージ 1

『望むということ』
「勝つために人が備えていなければならない1つの資質がある。それは目標を明確にすること、自分が何を求めているのかを熟知すること、そしてそれを手に入れたいという燃えるような願望だ」。
不朽の名著『思考は現実化する』の中でナポレオン・ヒルはそう述べている。
自分が何を求めているのかを熟知するということには、強力なパワーが秘められている。そこでちょっと立ち止まって検討してみることにしよう。
人は誰でも、物事がこうあってほしいというビジョンを持っている。そしてそれは現状とは一致しない。
それは「あと5キロ体重が少なかったら」という他愛もない願望かもしれないし、「毎晩お腹を空かせて眠りにつく世界中の何百万もの子供たちに、食べ物を届けたい」という実現するのが困難な願望かもしれない。
あなたはこれまでに、痛みを感じるほど何かをひどく欲しがったことがあるだろうか?
もちろんあるだろう。そういう経験は誰にもある。
それが甘美な痛みであろうとなかろうと、どちらにしてもそれは強力な力を持つ。
僕はその痛みを欲望の痛みと呼んでいる。
夢や目標や願望を抱くことは、必ずしも楽しく快とは限らない。
野心や願望や欲望は不快なこともあるし、苦痛なことことさえある。
「want(訳注:望む)」という言葉には2つの意味がある。1つは何かを欲しがっていることと、もう1つは何かが欠如しているという意味だ(余談だが、後者の意味が元々の意味で、前者よりもはるかに古い歴史を持つ)。
ある意味では、2つの意味があるのではなく同じ1つの意味の2つの異なる側面を表しているとも言える。
人は自分に欠けているいるものを欲しがり、欲しがっているものは手に入らないという傾向があるからだ。
それゆえ夢を持つことは、時に苦しいものとなる。
ほしいのに今は手に入らないものに気づくというのは、望むというコインの両面のうち、欲しがっているという面だけでなく欠如しているという面をも経験することである。
つまり、自分に欠けているものを一層まざまざと意識するようになるのである。
自分の現状を冷静な目で見つめ、自己を偽るのは許されないということだ。
なりたい自分からかけ離れていることを自覚するのは不愉快なことだろう。
「それを手に入れたいという燃えるような願望」というナポレオン・ヒルの言葉は、誇張ではない。
燃えるような願望というのは心地よいものではない。
望むということには痛みが伴うのである。
ここで1つ興味深い話をしよう。
自分が最も大切にしている夢を口に出すと少し居心地の悪い思いをすることがあるとすれば、周りのみなも居心地の悪い思いをすることがあり、しかもそれは自分が感じる居心地の悪さよりもはるかに大きなものなのだ。
最も親しい友人5人に自分の最大の願望話して聞かせ、そのうちの何人が落ち着かない様子になるかを観察してみるといい。
落ち着かない様子になるのはなぜかって?
それはあなたが欲しがっているものを彼らに知らせることは、彼らに欠けているものをより痛切に意識させることになるからだ。
ゴールを設定し、未来のビジョンを描いているとき、それを打ち明ける相手を慎重に選ぶことが重要だというのは、それが理由の1つだ。
自分が熱意を傾けているものを周りの人たち、とりわけ最も親しい人たちと分かち合おうとするのは自然なことだが、あなたの気分を台無しにするような反応が返ってくることが多いということを覚えていたほうがいい。
そんなふうに反応するのは、悪意があるからではなく、あなたの興奮の熱を冷ましてやろうと考えているわけでもない。
たいていは、単なる自己防衛の一種なのだ。
彼らがあなたのビジョンについてあまり聞きたがらないのは、自分が失ってしまったものが思い出されて辛いからなのだ。