生きかた上手
「生きかた上手」日野原重明著
Ⅱ 長生きはするもの
年齢は勝ち負けではありません。謙虚に、そして存分に味わえばよいのです。
がんに怯える知人への、医師らしからぬ助言
もう20年も前になります。
吹雪の舞う石狩川の河岸に立って、私は知人を勇気づけることばを探していました。
「なにか新しいこと、そうですね、絵でも描いてみたらどうです?」
唐突な提案に、彼は、「絵なんてとんでもない」と声を上げました。
「いや、きっと絵の先生と相性がわるかっただけなのですよ」と、なおも説得を続ける私、彼は「そう言えば...」と記憶をたどっているようでした。
が、実のところ、並んで立つ彼は、私の目にも不器用そうにしか見えませんでした。
若いころから実業家としての才があった知人は、当時、私より若い60代半ば。
まだまだ大きな仕事に挑戦するつもりが、3度のがんに見舞われてからというもの、仕事が手につかない。
がんの再発ばかりが気になって、私が勧めるわけでもないのに、忙しい仕事のなかに時間をやりくりして聖路加国際病院で繰り返し人間ドックを受けていました。
このまま放っておけないと思った私は、「石狩川は冬がいいのです」という彼のことばを思い出して、冬の北海道にその知人を訪ねたわけです。
主治医としての私は、万全の健康管理を約束して、がんへの不安をいくらか軽くしてあげることもできました。
けれど、この先もがんの恐怖にとらわれて生きるのでは、まことに彼が気の毒です。
実業家としての将来を断念しようというばかりか、人生を謳歌する気力まで失いかけている彼に、なんとか生気を取り戻してほしい。
私はいたって大まじめでしたが、冒頭の一言は、仮にそばで聞く人があったなら、さぞかし突拍子もない提案に聞こえたかもしれません。
けれど10年後、彼は絵画で賞をとり、銀座で個展を開くまでになりました。
おそらく彼は、私の勧めに従ってすぐさま絵を描き始めるような心境にはなれなかったでしょう。
絵筆を握るようになっても、「なぜこんなことをしているのか」と首をかしげることもしばしばだったでしょう。
それでもあえて未知の世界に身を投じたからこそ、一段と強い、新しい自分を再生できたのです。
一作一作と描き上げるいちに、がんの不安が遠のいたであろうと想像できます。
そして、80歳を過ぎたいま、彼は仕事でも現役であり続け、絵画にも専念する日々を送っています。
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